※この記事は2012年4月に旧ブログに書いたものを転載しました。

 

最近は創造療法セッションをたくさんさせていただいているのですが、その中で、本当に「ありのままのその人が、何も変わらずに、そのままで幸せになってゆくことは可能だ」という思いと、それこそが真の癒しなのではないかという思いを新たにしています。

私自身、創造療法を学んで、一番良かったのは、「ありのままの自分」と「あるべき自分」との間の葛藤がなくなり、ただ素直に感じていることを感じ、思っていることを言い、やりたいことをやることが楽にできるようになってきたことと、そのように楽な自分であるとき、人への(勝手な)期待や、人の期待に応えようとする重圧も消え去って、ありのままの世界が目の前に開けてくるんだなぁと思えたことだったんです。

受講前、私の心の中にはうまく整理できない問題があったのですが、「それが既にそのようであることを変えることはできない」という当たり前のことに気づき(たぶん、初めてそれを受けいれた)、「自分が期待し、求めているものは、そこから決して得られないんだ」と受けいれて、ポジティヴに諦めることによって、結果的にそれがゆるしとなり、慈愛となり、自分の癒しにもつながるということを体験しました。

自分の盲点というか、「なぜこれが、このような状態になっているのかわからない」というところ(言い変えれば葛藤しているところ、苦しんでいるところ)に光が当たり、本当の自分が生き返るような感じ、「生きられる、生きてゆく、生きる!」という強い感覚、大きな声で「わたしはここにいる!」「生きている!」と叫びたいような衝動が沸き上がってきたのを覚えています。

ロンドンから帰って来てから1ヶ月ですが、まだそのときに感じた本当の自分のプロセスは続いていて、「あぁ~、自分は本当はこんなことを感じていたんだなぁ~」と素直な気持ちを感じ、またその自分と向き合う毎日です。たとえ、どんなことでも、何かを感じているのなら、既にそう感じている自分を否定することはできないし、否定してはかわいそうですよね。

一つだけ確かなのは、本当に感じきったとき、それは終わるということです。悲しみも、憎しみも、怒りも、本当にそれを感じきったとき、それは終わり、そこから何かが生まれてきます。私はそれを確信しています。

トレーニング中は自分自身の闇とたくさん向き合います。私は、抑えつけられた怒りが自分の中で噴出し、ほんの一瞬脳裏をかすめてゆく殺意を自分の中に見たとき、驚きと同時に、それを避けることなく堂々と感じることができた自分に、不思議な喜びと誇りを感じていました。きちんと向き合えば、それは決して相手に向かうことなく、自分の中で終わるのです。そうして、新たな私が生まれ、爽やかにいまを生きています(さっ、殺意~~!? 濃い~ですよね~~^^)。

こんな私だけれど、一生懸命、クライアントさんの迷いとおそれとその向こうにある希望にしっかり寄り添わせていただきながら、その方の魂が本当に行きたいところや、望んでいるやり方を一緒に見つけたいと思っています。

箱庭や、絵の中に表れるその人の真実、ふとした言葉の中に表れているその人の本当の願いや忘れてきた希望を見るとき、私の魂は震えています。人の中に内在する大きな力と可能性を信じて、それを見守り、そこにいたいと思っています。

きょうの夢は、少人数のグループを世界最北端の地へガイドさんとして連れてゆく夢でした。いよいよ徒歩でしか行くことができない最終地点まで来て、歩き出そうととしているところで目が覚めました。自分自身はそこへ行ったことがあるけれど、案内するのは初めてで、みんなと一緒にゆくのはどんな感じかわからないし、ここからが大変なのはわかっているけど、でも、大丈夫、心配ないと、夢の中の私は思っていました。

創造療法をさせていただいて、全員1回目か2回目のセッションを終えたところで、まだお一人も3回目を終えていないのですが、3回目に向けていま自分はこんなことを思っていると知らせてくれる、そんな象徴的な夢でした。

本当に、一人ひとりが何かを見つけ、心から望むことろへたどり付くことができますように、それがたとえ1ヶ月、1年先であろうとも、この経験が何かの役に立ちますように、願っています。

愛をこめて

※創造療法は、「エッセンシャルヒーリング&カウンセリング」の中で提供しています。

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